基礎研究~人・技術・経営の成長の礎~

「芋づる式経営」という言葉を聞いたことがあるだろうか。これは理化学研究所3代目所長の大河内正敏が生み出した経営方針である。大河内が提唱した「科学主義工業」は、 「科学的技術研究に立脚して高能率低コストと良品廉価を目指し、"有機的連関"にもとづく芋づる式多角経営を展開する」ものである。平たく言うと、基礎研究だけではキャッシュが回らないので、研究過程で生まれた副産物を活用して様々な関連製品を生み出す、ということである。

イノベーションが新技術だけを意味するものではないことは周知であるが、大河内は基礎研究の成果を製品化し、しかも内製化している。新技術で新製品を作るのであるから誰も作ったことがない。生産・製造システムだけでなく、労働者の確保まで考えられている。理研ビタミン、ピストンリングなど数多くの製品を生み出し、一大コンツェルンを作りあげる。戦後、解体されることになるが。

基礎研究というのは数十年の時間を要することが多く、成功するかどうかもわからない。東レが炭素繊維の量産化に成功するまで40年を要している。ユニクロの素材開発では2,000回もの試作品の過程を経たと聞いている。某名古屋自動車会社の総合研究所は、研究テーマは研究者の自由意志に任せていると聞いた。大河内は次のようにいっている。

「研究員が30人ほどいる。各人が30年に1回の割合で、基礎研究であれその応用であれ、社会に認められる仕事をしてくれれば、研究室は安泰である。」

この言葉は研究開発マネジメントの本質を示しているように思える。某化学・消費財メーカーは研究者数と研究テーマをマネジメント指標の一つとしている。昨今、M&Aによる研究領域の獲得が多いが、大切なことは、研究者にとっての自由な楽園を作ることである。以前、ある光学・精密グローバル企業でOB達が話し合っていた。

「昔、研究所を歩いていると面白いネタがあちこちに落ちていた。今は予算管理などで縛られ決められたことしかできない。つまらなくなった。これでは将来はない。」

世の中にある製品やサービスの殆どは、改良品であり、或いはリポジショニングをしたものである。売る側、買う側双方にとって全く新しいものというのは非常に数少ない。よって価値があり競争のルールを、そして生活様式を変化させることができる。

理化学研究所中村特別研究室の中村振一郎博士から本をいただいたことがある。『分子の音 身体のなかのシンフォニー』という本で、CDが入っている。分子はフェムト秒、距離にしてナノメートルという非常に小さな単位で振動を続けている。この振動を音に変換したもので、誰かが作曲したかのような"音楽"としか呼びようのない調べが聴こえてくるというものだ。膨大な分子動力学計算データから誕生したアミノ酸、アスパラギン酸、ビタミンB1等、様々な分子それぞれの固有のメロディーを奏でる。私は自分の血液型の音を聴いてみた。素人発想であるが、病気などで異常がある分子と正常な分子を音にすれば、聞き分けることはできるのではないかと思う。時代が進化していく中、基礎研究を大切にする社会であって欲しい。

『分子の音 身体のなかのシンフォニー』
荒井 曜 (著)
中村 振一郎, 井出 祐昭 (監修)
毎日新聞社
ISBN-10:4620322024
ISBN-13:978-4620322025

執筆:宮川 雅明

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