生産性の高い職場を生んだ魔法の1分間スピーチ

■ある職場の悩み

ある製造業のとある工場では、毎年のように2~3件程度の事故やそれにともなう怪我が発生していました。「安全」は工場として年度の重要な課題に取り上げていましたし、各人の目標にも掲げていました。しかし張り紙をしようが、スローガンを叫んでも、もちろんのこと安全衛生委員会を定期的に開催しても不思議なことに毎年のように事故が繰り返し発生しました。最後は神頼みだと、幹部が近隣の神社でお祓いを受けることまでしましたが願いは叶わず、発生するのが当たり前なのだということが、まことしやかにささやかれるまでになっていました。

話は変わりますが、その工場のラインのある係長には悩みがありました。所属の部下が昇進試験を何度も落ちてしまいます。その部下は、仕事はしっかりとこなし、実務力は非常に高い方でした。係長としては自分の後釜的存在であるし、ラインを任せられると感じており、自信を持って推薦したのです。試験の中で業務知識や改善などのテーマについては、しっかりと記述することはできていましたが、面談の時には言葉が出ないし、うつむいてしまってアピールどころではないのです。実務面は大丈夫だろうけれど、人を引っ張っていくことが出来るのかと疑問が出されたのでした。係長としては、頑張れと声を掛けるし、2度目の試験からは面談の予行演習にもつきあいました。ところが肝心な場面で緊張してしまって同じ事を繰り返しました。あきらめず次こそ頑張れと開いた残念会では、試験に落ちた部下よりも、しょげかえってしまった係長でした。

■職場を変えた1分間スピーチ

さて、翌週から取り組んだのが朝礼での1分間スピーチでした。テーマは、とにかく「明るく元気」そして「笑い」。たとえば趣味の活動の中での自らの楽しかった出来事や失敗談などを含めて、ごくたわいもない話です。そして教訓や叱咤激励、他人を非難中傷し馬鹿にするような内容ではないことです。朝礼での1分間スピーチが定着して、毎朝仕事に取り組むとき笑顔でいられるようになっていきました。数ヶ月経過したとき幹部社員が工場を訪れたとき、従業員の明るい笑顔にびっくりして、数年前の状態と全然違うねと工場長に声を掛けるほどになりました。そして気がつくと、事故や怪我がない安全作業日が、一日一日と積み重なり、1ヶ月2ヶ月そして1年を超えるようになっていました。そして肝心の部下の方は、翌年の昇格試験に見事合格し無事に昇格となりました。その後2年間事故は発生していません。

これだけだと朝礼で1分間スピーチをしさえすれば、すべてがハッピーになるという話になりますが、そこに至るには工夫と努力がありました。係長が1分間スピーチをするぞと言ったときの従業員の反応は、「なんでそんな面倒なことをするのか」、「恥ずかしい」、「話すことなんてない」、「そんなことするくらいなら朝礼に出ない」...と散々なものでした。それがわかっていた係長は自らが1分間スピーチをし続けました。1ヶ月間。内容を問わなければ簡単なことです。しかし、そこに笑いという縛りを入れるとなるとなかなか難しいもので、悩んで寝られなくなることもあったといいます。1ヶ月経過した朝礼で、「次からみんな、順番で行うよ」と言ったとき、次は自分がスピーチをすると申し出たのが試験に落ちた部下でした。その後に続いて、次々と笑いの沸き起こるスピーチが行われるようになっていきました。

■1分間スピーチで何が起こったのか

じつは事故が発生しなかっただけではなく、工場全体の生産性が向上しました。1分間スピーチをする前の職場の状態は、各人が目の前のことしか見ていなかったといいます。不良発生や不安全行動をすると名前入りで張り出されるなど、いわば犯人捜しが行われていました。品質不良をなくすには根本的原因を追及する必要がありますが、決められたことを守ることや担当をこなすことだけに焦点をあてることで周囲や前後工程に目を向ける余裕がなかったのです。視野が狭く、決められたことしかしない職場風土でした。

1分間スピーチの取り組みの後は、目の前の仕事だけではなく、前後工程を気に掛け、監督者が声を発するまでもなく、互いに声を掛けあい、必要があれば自らすすんで手助けをするようになっていきました。不安全なことを予期すれば、誰彼なしと声を掛けています。そこには各人がどのような人でどのようなバックグラウンドを持っているのかを知ったことから、声を掛けやすくなったことがあります。目の前だけではなく顔を上げて周囲を見て、互いを認め合う職場となったことで、言われたことしかしない職場ではなくなったのです。職場での1分間のスピーチがまるで魔法のように職場を変えていったのです。

執筆:人事コンサルタント / コンソリューション
廣岡 久生

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