リーダーシップは死なない

リーダーシップ 一葉知秋シリーズ 働き方改革 宮川雅明 組織づくり

選挙のたびに思い出すリーダーがいます。真偽のほどはわかりませんが、側近から聞いた話によると、「社長は戦前、駆逐艦の艦長だった。艦首を破損されたなか、バックで佐世保まで帰ってきた」そうです。

この社長は戦後、財を成し海運会社を設立します。全財産を投げうっての起業です。その後、上場プロジェクトがスタートしたのが36年前の話、当時25歳の新人コンサルタントである私がプロジェクトを担当することになりました。

上場するにはさまざまな基準がありました。資本金、これまでの売上げ、5年先の先行損益計算書および資金繰りなど、業績維持ではなく成長が求められました。新航路の開拓、船舶の建造とハイアーレイト(原価計算)、ボエジ・チャーターベース(航海単位の損益)のシステム化とシミュレーションなどプロジェクトチームは寝食を惜しんで作業に没頭しました。

当時、パソコンはIBM5550が出たころでワープロが主でした。エクセルなどない、オフコン全盛の時代です。

銀行から経理担当役員が出向していました。当時の日本企業のコーポレートガバナンス(企業統治)は銀行主体でした。とても誠実な方でした。

社長:「この航路をぜひ開拓したい。新造船が必要だ。融資できないか」

経理担当役員:「担保がないのでダメです」

社長:「貴様に男の生き様がわかるか!」(灰皿が飛びました)

こうした修羅場は度々ありました。しかし、側近である営業担当部長は常に静かに社長のそばにいて離れることなく、床に落ちた灰皿をそっと社長の手元に戻していました。

上場プロジェクトを担当する私は、新造船の原価計算でミスを犯しました。すでにその数字で経営会議はスタートしています。側近の方と覚悟を決めて社長室に入りました。

私:「申し訳ございません」。当然、契約が切られると思っていました。

社長:「そうか。わかった」。それ以外何もなかったのです。

翌日、業者がやってきて、プロジェクトルームに仮眠スペースをつくっていました。社長なりの配慮だったのでしょう。一方、ある上級管理職が仕事に対しネガティブな態度をとっていたところ、その日に解雇されることがありました。成績優秀な営業マンだったにもかかわらずです。リーダーは努力した結果の30点、40点は問わない。ただし、ピント外れは絶対に許さない――。駆け出しの私が最初に学んだことでした。

東京証券取引所には長期経営計画と中期経営計画を出すことが求められました。長計の冒頭に上場の目的を記すページがあり、社長直筆の文書がありました。筆圧が強くペン先が折れるほどで、解読できるのは私を含め数名でした。詳細は省略しますが、「二度と戦争を起こしてはならない。そのために日本国のための海運ルートを確立する」だったと記憶しています。

5年間続いたプロジェクトも、経営環境の悪化などがあり、社長は退陣しました。子飼いの私も契約切れです。その後、銀行と商社が会社を運営することとなり、上場の夢は消えました。

それから20年が経ち、たまたまその会社のホームページを見ると、側近が社長に、昔プロジェクトで寝食をともにした仲間が役員になっていました。リーダーは死んでもリーダーシップは死んでいなかったのです。

総選挙の結果、誰がリーダーになってもリーダーシップを発揮していただきたいものです。

執筆者:宮川 雅明